食わず女房|新潟県の人気昔話の解説

新潟県に伝わる代表的な昔話を取り上げ説明します。解説は長岡民話の会顧問、高橋実さんです。最初に昔話の解説、その後に元話を掲載します。

解 説

 この話は「食わず女房」「蜘蛛女房」と言われて、全国的に分布している話である。ここでは、食わず女房の正体は明かしていないが、山姥である。こうした東日本型と西日本型があり、西日本ではこの正体は、蜘蛛で男の家に蜘蛛に変身して現れるのを囲炉裏で殺してしまう話となっているという。下條さんの話は、「せいふろ」にはいった男を山姥が担いで山に持ってゆくが、山には大勢の鬼がいて出てくる。桶屋など渡り職人がこの話の分布に関与したとも言われる。

 昔話には、山姥がしきりと出てくる。この食わず女房だけでなく、「牛方と山姥」「三枚の札」「瓜子姫」この欄で紹介した「兄とおじの鉄砲打ち」などに山姥が登場する。山姥は、山中に住むという女の妖怪を指す。県内に広く分布する弥三郎婆さんの伝説も子供を攫っては食う山姥だった。

 山姥に関するこうした伝承は、山間に生活する人への畏怖の念などが根底にある。山から出てきて、人の考えていることをすぐ悟る「さとる」という話も山の怪物である。「北越雪譜」には、山に住む人とも獣ともつかぬ「異獣」というものだ出てくる。妻を「山の神」とよび、山の神を女とする風習が多いのは、古く山の神祭りの祭主が女性だったと言う信仰が反映されている。山姥はその山の神の零落した姿とも言われる。

 終わりは、五月の菖蒲の節句に、玄関に菖蒲と蓬を飾る由来を説明する「なぜ話」となっている。

 

食わず女房

あったてんがの。

あるどこに、欲張りのあんにゃがあったてんがの。

「嫁をもらいたいども、まんまを食わんで、働く嫁が欲しいや」と、いつも、そう言うていたてんがの。

ほうしると、あるどき、若い女が来て、「おら、まんま食わんで、仕事をするすけ、嫁にしてもらいたい」「そら、いいあんばいだねか、なじようも(1)」ほうして、あんにゃの嫁になって、まんまを食わんで、働いていたてんがの。

あんにゃは大工で、朝げ、仕事に出かけたあと、かかは、大釜に、まんまを、いっぺたいて、握り飯をこしろうて、髪を解いて、「目も食え、鼻も食え。目も食え、鼻も食え」というて、頭の中へ、その握り飯を投げ込むがらてんがの。

ほうしるんだんが、あんまり、かかがドヤドヤいうているんだんが、隣のしょが、そっとのぞいて見らしたれば、そのありさまだてんがの。

隣のしょは、そのことを、大工の亭主に、聞かしたてんがの。

ほうしると、亭主は、「おら、行ってくるど」というて、仕事へ出かけて行ったふりをして、二階へあがって、かかのようすをみようと、待っていたてんがの。

ほうしると、いつものように、また、大釜に、まんまたいて、握り飯をこしろうて、「目も食え、鼻も食え。目も食え、鼻も食え」そういうて、頭の中へ、投げ込んでいるてんがの。

さあ、それを見た亭主は、「いや、こんげなかかなんか、いらねえや。明日は出してやろう」と思ていたてんがの。

ほうして、家へ帰ったふりをして、「お前、まあ、いままでいてくれたども、おら、ひとらがいっちいいすけ、へえ、帰ってもらいたい」「そうけえ、そうせば、お前は、おれがまんま食たがを、見たのし」「おう、おら、それを見たすけ、お前に帰ってくれてがら」「そうけえ。そいじゃ、まあ、おら帰るで。おれが、脚半をつけるうち、お前、その間、せいふろ(2)の中にはいって、待っていてくらっしゃい」そういうてんがの。

ほうして、かかのいうとおり、せいふろの中にはいって待っていたてんがの。

かかは、脚半をつけて、わらじはいて、荷縄で、せいふろごとぶて、家を飛び出したてんがの。

ほうして、山ん中へ、ドンドン、ドン、はいっていって、「さあ、お前、ここにいれ。いま、仲間を連れてきて、ひっぱり出して食てしまう」と、あんにゃをおろして、せいふろの蓋の上に、重たい石をのして、いったてんがの。

あんにゃは、「はて、これや、まあ、おっかねえこんだねか、なんとかして、はや、逃げんばならん」と思て、やっとこさで、その石をふったって(3)、逃げ出したてんがの。

ほうしると、へえ、かかが、あっちの方から、大勢の仲間の鬼を連れて来るてんがの。

ほうしるんだんが、そばのヨモギ・ショウブのおいた中へ、そっと、もぐって隠れていたてんがの。

おにどもは、「せいふろは、からっぽだ。どこへ逃げたろう。あっちへいったかな」というて、むこうの山の方へさがしに、いってしもたてんがの。

あんにゃは、「やれやれ、これで命びろいをしたや」とおもて、うちへにげてきたてんがの。

ほうして、それから、今でも、魔除けに、五月の節句には、戸口に、ヨモギ、ショウブをたてるのだてんがの。

いきがポーンとさけた。

【出典】『赤い聞耳ずきん』水沢謙一著 下條登美さんの語りより
【注】1.なじょも(どうぞ) 2.せいふろ(据え風呂) 3.ふったって(おしあげて)

※高橋実著『越後山襞の語りと方言』雑草出版から著者了承のもと転載しました。

 

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