サルの生き胆|新潟県の人気昔話の解説

新潟県に伝わる代表的な昔話を取り上げ説明します。解説は長岡民話の会顧問、高橋実さんです。最初に昔話の解説、その後に元話を掲載します。

解 説

 「猿の生き肝」「くらげ骨なし」ともいわれる民話である。くらげの骨なしの「なぜ話」になっている。この話は、長岡でも高橋ナオさん、笠原正雄さんも語っている。ナオさんの話は告げ口したのは、クラゲではなく、コンペ(ひらめに似た魚)となっている。この話は、北海道アイヌから沖縄まで全国的に広がっている。それのみならず、東西アジア、チベット、朝鮮、東ヨーロッパ、アフリカ、南アメリカまでひろがり、全世界に分布している話という。この話の原型は古代インドの仏教説話集「パンチャタントラ」の中にも出てくる。この中では、サルとワニが友達になり、ワニの奥さんがそれをねたましく思う。奥さんは病気でサルの心臓を食べれば直ると医者にいわれ、夫に頼んで、サルをだまして、ワニの家に招待して、殺そうとたくらむ。その途中ワニは妻のためにサルの心臓をもらいたいと打ち明ける。サルはワニの謀略をきいて、心臓は木の根元にしまってあると告げる。取りに戻ると、サルはたちまち、木に跳び移り、ワニの悪口をたたく。ワニは悲しそうに戻ってゆくという話である。この説話をルーツにして話が世界中に広まったとも言われるが、アイヌや琉球など仏教とは縁の薄い地方にもあることを考えると、真相は不明である。日本の文献では、平安時代に『今昔物語集』に類話があるという。妻のカメが懐妊して生肝をほしがったため、夫のカメがサルをつれてゆく話。この原典を確認できないでいる。これら漢訳仏典に類話が見られることから仏典を介して日本には、広まったものといわれている。

 この話の中心は、自分が連れてこられた理由を知ったサルが、いかにカメをだまして、危機を逃れるか知恵を働かせるところにある。生き胆の真実を知らなかったカメの愚かさを笑う話でもある。

 サルの肝とは、猿の胆嚢を干したもので、万病に効くといわれている猿の肝はよく知らないが、熊の肝は万病に効くといわれていて、肝一匁が金一匁とも言われていた。熊撃ちには、できるだけこの肝を傷つけずに熊を撃つかがコツともいわれる。

 

サルの生き胆

あったてんがの。

あるどき、竜宮の、乙姫さまが、病気にならしたてんがの。

さまざまの、くすりをのみなさるども、いっこと、なおらねえてんがの。

ほうして、こんだ、サルの生きぎもをのめばじっき(1)なおるてがで、「あの海ばたの松の木に、サルがのぼっているすけ、カメ、お前いって、サルをたらかしてつれてこい」と、いいつけらったてんがの。

ほうしるんだんが、カメは、サルのどこへいって「サルどん、サルどん、お前、こんげなどこにいて、なに食ているがら。

海の竜宮というどこへいぐと、んまいもんがいっぺあるすけ、いがねえか」「そうか、おら、そんげなどこへいってみたいと、おもうども、なんねせ、泳ぐことがならん」「いや、だけや、おれの背中に乗れや」ほうしてサルは喜んで、カメの背中に乗って、竜宮へ行ったてんがの。

ほうして、サルは、んまい、ごっつおを、いっぺ、してもろて、いい気になって、遊んでいたてんがの。

ほうしてある日、クラゲが、「おい、サルどん、お前、そんげにいい気になって遊んでいるども、ごっつおを食わせらって、生きぎもを取らっるがら。乙姫さまの病気の薬に、お前の生きぎもを取らっるがら」というて、きかしたてんがの。

サルは、「それや、おおごとだ。こんげなどこにいらんねえ。なんとかして、逃げんばならん」と思て、オイオイオイと、泣くまねをしていたてんがの。

ほうしたれば、カメがたまげて、「おうい、サルどん、サルどん、なに泣いているがら」「おら、海ばたの松の木に、きもをかけて、干してきたが、夕立が降ってきそうげだ。夕立にあえば、腐って(2)しもうすけ、泣いているがら」ほうしたれば、カメがたまげて、「そうか、それや、おおごとだ。その生きぎもを、取り込んでこんばならん。おれの背中にばっれ(3)や」というたてんがの。

ほうして、サルは、カメにばれて、陸へついて、松の木にあがったきり、いっこう降りてこねえてんがの。

ほうしるんだんが、カメが気もんで、「おうい、サルどん、サルどん、はや、生きぎもを取り込んで、下へおりてこいや」というども、「ばかカメ、身をはなれた生きぎもなんて、あるもんだかや。おら、松の木に、きもなんて、干してないがら。おれこと、だまして、よくも竜宮へつれていって、生きぎもを取ろうとしたな。おら、もう、竜宮へは行がねえ」というんだんが、カメは、仕方がねえ、帰って来たてんがの。

ほうして、クラゲは、サルにきかしたてがで、骨抜きにされて、いまで、骨なしだてんが。

カメは背中を割られて、いまで、その傷痕が、甲羅に残っているてんがの。

いきがポーンとさけた。

【出典】『赤い聞き耳ずきん』野島出版 昭和四十四年刊 下條登美さんの語りより
【注】1.じっき、(すぐに) 2.腐る(濡れる) 3.ばっれ(おんぶしな)

※高橋実著『越後山襞の語りと方言』雑草出版から著者了承のもと転載しました。

 

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