十二支の由来|新潟県の人気昔話の解説

新潟県に伝わる代表的な昔話を取り上げ説明します。解説は長岡民話の会顧問、高橋実さんです。最初に昔話の解説、その後に元話を掲載します。

解 説

 民話の型の上からは、「十二支の由来」と言われている。十二支のいわれを説明するくだりである。

 十二支は十干と組み合わせて干支(えと)とよばれ暦日・方向・時刻など生活に密着したもので、中国から伝わった。昔は、「戊辰戦争」「甲子園」など干支で年を表し、年号の後に干支を書き込んだ。いまでも「たつどし生まれ」丙午(ひのえうま)の迷信などと生活の中に干支が生きて使われる。「寅治、辰江」など名前にも干支がついたものがある。十二支と十干の組み合わせは、六十一年めで元に戻るので、六十一歳を「還暦」「本卦帰り」と言ういわれを、知っているであろう。これに陰陽五行説が結びつき、兄(え)と弟(と)にわけ、甲(きのえ)、乙(きのと)、丙(ひのえ)、丁(ひのと)、戊(つちのえ)、己(つちのと)、庚(かのえ)、辛(かのと)、壬(みずのえ)、癸(みずのと)と分けている。

 不思議なことに干支の組合せで、十干の戊(つちのえ)と十二支の戌(いぬ)、十干の己(つちのと)と十二支の巳(み)のように、似た字が二組もある。これは偶然であろう。

 私などは、子供の頃、十二支合せなどという、カードの遊びがあったので、十二支の順番など覚えている。しかし、十干の訓読みなど今でもあやふやである。

 さて、ここで紹介したのは、この十二支の順番を神様が決めたという話である。引用した話は、ネズミと牛が順番を譲り合う話となっているが、他では、牛の角にっかまってお寺に着いたネズミが牛より先に、真っ先にお寺に呼び込んで一番になり、猫は、ネズミに日を間違えて教えられたので、十二支に入れなかったことになっている。それで、猫は今でもそれを憎んでネズミを見ると追いかけると言い伝えられている。

 私たちが子供の頃、三月十五日は、お釈迦様のなくなった日(旧暦二月十五日)で、お寺の団子撒きで、団子拾いに出かけた。この拾った団子は毛糸の袋に入れて腰に下げ、山に出かけてもマムシにくいつかれることがないという。「涅槃絵」は、お釈迦様が沙羅双樹の根元に横たわり、その周りに集まる弟子や動物たちの嘆き、悲しむ姿が掲げられている。お釈迦様の枕元の木の枝に壷に入った薬が下がっている。その薬は、お釈迦様の病気を治すために、天の神様から薬を与えられたものであった。それをネズミが代表して取りに行くと、猫が追いかけて、ネズミを食ってしまったというので、猫は十二支の仲間に入れてもらえなかった、という話を伝えるところもある。ホトトギスは化粧が遅くて、お釈迦様の死に目に遭えず、いまでも口から血を吐いている。ネズミはあわてて跳んで行って、お釈迦の頭にぶつかって今でも足が不自由で、引きずっているのだと言う。猫だけでなく、狐や狸も十二支に入っていない。動物を用いた十二支の名称はその人の性格や運勢を占う呪術の元になった。

 

十二支の由来

むかしあったてんがの。

太郎兵衛の家は身上がいいんだんが、猫もまたまいんち魚いっぺいもろうて、ネズミなんて見向きもしねえてんがの。

次郎兵衛の家は、牛と爺さまが住んでいるうも、びっぼれ(1)、爺さまも牛も食いもんがなくて、痩せこけて腰が立たんようになったと。

太郎兵衛の家じゃあ、ネズミも猫につかまらんねえし、倉の中は、米も豆もいっぺえある。

ネズミの親方が「次郎兵衛の爺さまと牛が可愛そうらすけ、食いもん持っていってやろうねか」ということで、ネズミが毎日毎日、今日は米、明日は豆と小豆と、牛んどこへ運んで食わしたと。

ほうしたら爺さまも牛も丸まると肥えて、足腰がたっしょになったと。

ちょうどその頃、お寺の方丈様が十二支を集めて干支を作るんだんが、明後日の日の出と一緒に、お寺の門を入ったものを十二支の仲間にしるというお触れを出したと。

そこで、猫は「おらやらやら、あさげのさぶいがんに十二支なんて、仲間にしてもろうわんたっていい」そう言うて、いるてんがの。

ネズミは「おら小さくて跳ばんねすけ、仲間にしてもらわんねえ」とあきらめているてんがの。

となんの次郎兵衛の爺さまと牛は「こんだおらが恩返ししる番だ」そういうてネズミを牛の角につかまらして、日の出と一緒に、お寺の門に飛び込んだと。

本堂の方丈様めがけて、ぐーんと投げ飛ばしたら、ねずみは方丈様のほうへすぽんと飛び込んだと。

ほうして、十二支の順番を決めるろき、ネズミは牛どんが先らというし、牛はネズミどんが先らというて遠慮しおたんだんが、方丈様は、「なかなかいい心掛けだ」と褒めてくれ、「こっだのろきは牛どんが先になるがんに、今はネズミどんが先の方がいいねか」ということで、「ねうし」と干支の順番が決まったらあと。

のめしこきの猫は仲間にしてもらわんねかったと。

いきがぽんとさけた。

【出典】『榎峠のおおかみ退治―越後小国昔話集』小国芸術村友の会編 平成十二年刊 より要約 鈴木百合子さんの語りより
【注】1.びっぼれ(貧乏で)

※高橋実著『越後山襞の語りと方言』雑草出版から著者了承のもと転載しました。

 

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