新潟県見附市の富川蝶子さんの昔話。その端正な語り口調を知ると、文字が生き生きと語り始めます。ぜひ一度CDでむかしばなしをお聴きください。
もくず長者
あったてんがない。
むかしあるどこに、まあ里方のこんだども、ごうぎな身上のいい旦那さまがあったってや。
そうしておっかさんは、早ように亡くならしたんだが、お嬢さまと二人で女子と若いしゅ三人おいて住んでいらしたってんがない。
ある年ばっかげた天気廻りもいいかって米がいっぺこととれて秋の日和もいいかったすけ、早々とニヤ終いもおわったって。それで旦那さまが
「こんげんいい年は若いしゅにほうびを出さんばならんな。」と考えていらしたってんがの。ほうしてある日、夕飯がおいたどき三人の若いしゅを呼ばって
「今年はまあ天気まわりもいいかったし、お前らがよう稼いでくいたすけ、米が思いのほか、いっぺこととれたし、ニヤ終いもすんだこんだし、俺が一つほうびを出そうと思うが、お前ら一番してみたい望みがあったら一つづつ言うてみてくれや。」そう言わしたってんがの。
そうしたら一番の若いしゅが、
「ハイ。旦那さま。それはまあ、ありがたいこんでございます。オレはまだ上方参りっては言ったことがないが一度は上方参りがしたいと思うがの。」と言うたってや。
「そうか。お前の望みは上方参りだな。そんげんのは何のぞうさもねえこんだ。俺がぞうよ出すすけ、らくらくと行ってきてくれや。」
こんだ二番目の若いしゅが、
「オラ、そんげ上方なんて遠いどこへ行かんたっていいが町の料理屋へ泊って三日三晩、二の膳付きのごっつおが食うてみたいがの。」
「そうか。お前の望みは町の料理屋で三日三晩、二の膳付きのごっつおが食うてみたいてがんだな。そんげんことはのしかとぞうさがない。俺がぞうよ出すすけ、よっぱらごっつお食ってみてくれや。」そう言わっしゃるんだんが、二人の若いしゅは、喜んでてんでの部屋へ行ったと。後へ残った若いしゅは、もくぞうって名だってんがの。
「もくぞう、もくぞう、こんだお前の番だが、お前の一っち望みを言うてみれ。」そう旦那さまが言わっしゃると
「ハイ、旦那さま。その前に一つ旦那さまに教せてもろいてことがあるいの。オラ親どんがつけてくいらいた名はもくぞうって名だども、もくぞうなんて本当の名前呼ばってくいられるのは旦那さまばっかで、人はみんなオレのこと、もくず、もくずと呼ばるが、もくずっては何のこんだろかの。」そう聞くてんがの。
「そうか、人はお前のことをもくずだなんて呼ばるかや、もくずってはない。なじょうの木でも花が咲くろうが、ほうして時期がこいば枯れて落ちてしもうて又、時期がこいば葉っぱもみんな枯れて落ちてしもうて、だんだんとくさっていぐろうが、そのことをもくずと言うがんだど。」そう聞かせらしたってや。
「そうかいの、旦那さま、やっとよう分かったいの。」
「もくぞうや、そんげんことはどうでもいいねか、はよおまえの一っちの望みを言うてみれ。」そう言わっしゃるんだんが、
「ハイ、旦那さま。オラ思い切って言うがだすけ、おどさんでくんなさいの。」
「なにおどそうばや、はよ言うてみれ。」ほうしたらもくぞうが
「オレの一っちの望みはここの家のお嬢さまのむこになりたいがんだいの。」と言うたと。さあて旦那さまは困ってしまった。
「もくぞう。お前の望みは、うちの嬢のむこになりてえってがんだな。だーどもない、もくぞう、そればっかしゃ俺の一存では決めらんね。今、嬢呼ばって聞いてみるすけ、ちっとばか待ちれ。」そう言って、女ごに嬢をここへ呼ばってこい、と言わしたと。ちっとばかめいたら、いとしげにした嬢々がおっとらと入ってきて、
「おとっつゃま、何かご用ですか。」
「嬢や、そこへ座って俺の言うことをよう聞いてくれや。いま、これこれこう言う訳で、もくぞうに一っちの望みを聞いたらもくぞうはおまえのむこになりていと言うているが、おまえどう思うや。」と聞かしたと。お嬢さんはまたおっとりと
「そうですか。おとっつゃま、それでは私が今習っている歌を一つ詠みます。上の文句を書きますから下の文句をもくぞうが丁度よく続けてくれたら、私はもくぞうの嫁になります。」そう言わして、女ごに硯道具持ってこらして墨をすって考えていられたっけが紙ひろげて、さらさらさらと書かしたと。
「天より上に咲く花にどうして望みをかけたやもくぞう」
と、それを見てもくぞうはニコニコしていたっけが、そうせば「こんだオレに筆を貸せてくんなさい。」と言うて紙をひろげて、すらすらすらーっと書いたってんがない。
「花の命は短くて散ればもくずの下となる」
そしてそれを見て旦那さまはたーまげてしもうた。
ヘェーまことに上手な立派な字だと。さーてお嬢さんもたーまげてしもうて、自分がたった今書いた字よりも何ぞう倍も上手な立派な字であるし歌もちゃんと上手に続けてあるんだんが、
「まあ、もくぞう、こんなに上手な立派な字を書いて、歌も丁度よく続けてあります。お父っつゃま、私は喜んでもくぞうの嫁になりましょう。」と言わしたと。それで旦那さまも「そうか、おまえに異存がないば俺にも異存はない」ということで、めでたく祝言の運びになってもくぞうは一生安楽長者で暮したってんがの。
いちごポーンとさかえた。
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