こうせん太郎
新潟県長岡市(旧刈羽郡小国町)の昔話。どこか人なつっこい方言とおだやかな語り口調が嬉しい昔語りです。昔話のCDで独特の語り口調がわかると民話の文章が話し始めます。ぜひ昔ばなしを地の語りで聞いてみてください。
とんとん昔があったと。
昔々太郎丸(たろうまる)(小国町太郎丸)みたいな村へびんぼな家が一軒あったと。
仲がよい優しい夫婦衆らろも子供がなかったと。
二人でいっくら働いても秋になると、みんな大家様(おおやさま)へ年貢をはかれば、てめいで食う米もないようらったと。
そっでも人の泊めてのねえ瞽女(ごぜ)さやぼんさまが暗くなって、
「宿がなくて」
と来いば、
「ああ、なっじょも(どうぞ)とまらっしゃれ。ろくな(たいした)布団もないたって」
というて、泊め申したと。
ほうしててめいたちのぼろ布団は坊様でも瞽女さでも寝せ申して二人の衆は藁くずの中に寝ていたと。
ほうしる内にだんだん歳もとるし
「ほっげなびっぼ家(や)へだれでも子供になんて、来てくれる訳もないし、おらの子供だけやツブ(たにし)の子でもだいろう(かたつむり)の子でもいいが、授けて貰うように願掛けしてみようねか」
ととっつぁがいうたと。ほうしたら、かかも
「ほんにそれがいい、それがいい」
というて、二人して話はきまったろも、
「じゃあ、どこの神様というても、銭のかかる遠いろこへや上げる賽銭もねえし、そんま裏の山の倒れていなさるお地蔵様にお願いしようねかい」
「ほんにそうらそうらそうしよう」
てがっで、それから早速あかしをもって地蔵様へ行って倒れかかっていなさる地蔵様を起し申して、きれいにして、あげ申す賽銭もあげねえろも、どうかおら達にツブの子れもだいろうの子れもいいが、授けて貰いたいというて一生懸命で三七二十一日の願掛けのお参りをしたと。
ほうしたら、不思議なことにかかの夢の中にお地蔵様が出てござっしゃって
「お前らにツブの子を授けてやる」
とお告げがあって、目が覚めたと。
さあ二人は喜んでそれから仕事にでるとしちゃあ、お地蔵様に参る、帰るとしちゃあ、お地蔵様にお参りしたと。
その内にかかの腹がだんだんでっかくなってきて、十月十日経つとほんとにおぎゃあとでっかいツブの子ができたと。
さあ二人は喜んで、喜んで人様がいくら笑おうげれ、
「おらが神様から授けてもらった子らがんに、大事に大事に育てんけばならん」
てがっで、ツブにだけや腹さっざ(いっぱい)くわして、かわいがって育てたと。
ほうしたら、またそのツブの子が頭が良くて、どっから習うてくるやら、どの子にも負けねえ字まで覚えたと。
親共も喜んで田っぼ仕事れも畑仕事れも誰にもまけねでしるてんがの。
ほうして大人になってあるどき、
「つぁつぁ、かっか、おれは京の町に嫁貰いに行ってくるすけ、香煎(こうせん)どうろ作ってくんねか」
そういうたと。ほうしたら、かっかが
「ああ、なあが言うこっだがんになんでも聞くじゃ」
というて、ごろごろごろごろといすを引いて香煎をどうろ作ったと。
ほうしたら、ツブが喜んで、それをでっかいふろしきに包んで首っ玉へしっかりぶって
「じゃあ、つぁつぁ、かっか行ってくるすけ、体に気をつけていてくらさい」
そういうて、ツブが出かけると、二人の衆は張り合いが無くて張り合いが無くて、オイオイ泣いていたと。
毎日毎日裏のお地蔵様へお参りしてツブがどうか無事に京の町というろこ(ところ)へ、着きますようにと拝んだと。
ツブのほうもつぁつぁとかっかがどうか達者で俺の帰りを喜んでくれるように祈りながらコロコロ、コロコロと何十日もかかって目指す京の町というろこへ着いたと。
ほうしてツブが訪ねる大旦那様というお屋敷も見つかったと。
「じゃあここへ奉公しよう」
と思うて玄関に行って
「お頼み申します。お頼み申します」
と大声を出して見たと。ほうしると、中からこの家のおんなご(女中)が出てきて、
「どなたでございます」
と戸を開けたと。だれもいない。
「そらみみかなあ」
と思って引っ込むと、また
「お頼みもうします」
と聞こえてくるんだんが、
「どなたでございますか」
とまた出てみると、高い敷居の陰にツブが一ついるんだんが、
「ツブツブお前かえ、声をかけたのは」
と聞いたと。ツブは
「はい、おれでございます。一生懸命はたらきますすけ、庭掃きでも畑仕事でも使っていただきたい」
というたと。おんなごは
「ツブ、お前がかえ、でもツブじゃのう」
というたと。
「そこを重ねてお願いですが、この家の旦那様にお取り次ぎ願いとうござんすが」
といわれて、おんなごは
「じゃあ、旦那様にお取り次ぎ申してみますけど」
というて、奥に入っていうたと。
「旦那様、あのう、ツブが何仕事でも働くので、旦那様へお取り次ぎ申してくれと動きませんので、どう申したらよろしうございましょうか」
と言うたと。ほうしると、旦那様が
「ツブがはたらくなんて面白いじゃないかえ。ツブじゃとて見下げちゃいけないよ。ちゃんとお部屋も決めてあげて、大事に働いてもらいなさいよ」
といわしゃったと。ツブは
「親切な旦那様もいらしゃったもんだ」
と感激して、あげてもらったと。おんなごが
「ツブ、じゃあ、ここがお前のお部屋だよ」
と物置を一部屋かたして、案内したと。ツブは喜んで荷物を下ろしてさあ、そのつぐのあさげから早起きして働いて働いて若い衆共が起きて飯を食う間に、板の間の広いどこをごみがひとつないように掃除したと。
おおはんぞう(大きいたらい)に水を汲んできては、ジャボンとはいっちゃコロコロ、コロコロと転がるがだと。
広い外庭もコロコロと転んじゃジャボンとたなへ飛び込む。
なんにせ、ツブが来てからというものは、家も外もピカピカと光るようになったと。
旦那様もお嬢様初め、奥の人たちから、若いおんなごに至るまで、ツブやツブやとかわいがられるようになったと。
さて、家のほうじゃ、ツブがどうしているやら、と心配していても、この空の果てほど遠い京の町ではどうしようもない。
お地蔵様へおすがりするより、仕方がねえと一生懸命拝んでいたと。
ほうしたら、ある日、ツブから手紙が来たと。
二人はてんじょくへ昇るほど喜んだと。
だあろも二人は字もよめねし、ツブが書いてたツブという字だけ覚えたんだんが、旦那様へ持っていって、
「誠に申し訳ございませんども、家のツブが手紙を寄こしてくれましたので、ひとつ読んでいただきたいと思いますので」
と差し出された手紙の字にさすがの旦那様もたまげられたと。ほうしたら、ツブは、
「まずつぁつぁ、かっか達者らかえ(げんきですか)。おれはそれがたっだ一つ心配でおれが帰るまで体を大事にしていてくれ。おれはでっかい旦那様の家に奉公して可愛がられて丈夫でいるすけ、安心してください」
そう書いてあったと。
さあそれから二人はこの手紙をツブらと思って毎日神様まで持っていって何よりも大事にしてたと。
さてツブのほうじゃあ、ある朝、毎日誰よりも早く起きるツブが、その日に起きてこねかったと。おんなごが、
「まあ、ツブばっかしゃ、どうしたろう。難儀でもなければよいが」
と思って、そおぅっとのぞいてみたと。
ほうしたら、ツブがしくしくと泣いているてんがのう。おんなごがたまげて
「ツブツブどうしたや。難儀らかえ。難儀かったら、旦那様にお願いして、お医者さまでも呼んでもらいますすけ」
というたと。ほうしると、ツブが
「難儀くも苦しくもねえども、おれが大事にしていた香煎を誰かがいんな舐めてしもうた」
というたてんがのう。ほうしたら、おんなごもたまげてしもうて、
「まあ。じゃあ、旦那様にお話して盗んだ人を尋ねてもらうすけ」
そういうたと。ほうして旦那様へお話したら、旦那様が
「まあ家中の者をみんな集めて、聞きただすよかどうしようもない」
てがんで、みんなを集めたと。ほうして
「まあ、ほかでもねえろも、みんなのもの、誰かゆうべな、ツブの香煎取ったものがあるか」
そういうて、ひとりひとりただされたと。
だろも誰一人、ツブの香煎舐めた者がないてんがのう。
旦那様も自分で回られたり、「まだだれかいねか」といわれるとおんなごが
「もう一人お嬢様がまだお休みですけど、まさかお嬢様が」
といわれたと。そうしると、旦那様は
「娘であろうと、誰であろうと起こしてこい」
そうおっしゃられたと。ほうしるんだんが、おんなごがお嬢様のお部屋へ行ってみて、あんまりたまげてへっころんだ(転んだ)と。
お嬢様の部屋の入り口からお嬢様の口の端まで香煎だらけだったと。
でもほんとのこと申し上げねばならんので、
「実はお嬢様がこれこれです」
と申し上げたと。ほうしたら、旦那様が
「娘をここへ連れて来い」
とおっしゃるので、おんなごが寝巻きをお着替え申し上げて、お嬢様を旦那様の前にお連れ申したと。
ほうしると、ほんに顔中香煎だらけの娘を見て、
「お前がツブの香煎を取ったのか、舐めたのか」
とおっしゃられるけれども、お嬢様はきょとんとして、またなんにもおっしゃらないのだと。ほうしると旦那様が
「ツブの香煎を取って舐めるような子は家の子にはしておけないから、勘当だ」
とおっしゃったと。
回りの者もどうしようもない。
旦那様がおっしゃることを聞いているより仕方がなかったと。
ほうして旦那様は沢山のお金を何かと持たせて娘を勘当することになったと。
ほうしたら、ツブが
「お嬢様が勘当になれば、私もおいていただくわけにもゆきません。お嬢様と一緒にお暇をいただかせてもらいます」
と申しあげると、旦那様が
「じゃあ、そうしてくれ」
とまたおっしゃったと。
旦那様はきっと胸の中じゃあ、何か見どころのあることをお思いになっておられたのでしょう。
「ツブ頼んだぞ」
とこっそりおっしゃられたと。
回りの者はどうしようもない。
おおきなツブが先になってその後からきれいなきれいな目の覚めるようなお嬢様が出ていかれたと。
京の町のものが
「まあ、ねら(みんな)、ねら、出てみれや。でっかいツブの後ろからあっげなきれいなお嬢様がついてござっしゃる」
というたと。
長い道のりをあっちで宿をとり、こっちで宿をとりしてツブの生まれた山の中へ帰って来られたと。
ほうして村一番のおんぼろやの前へ立って、
「さあ、これがおらの家だ」
といいながら、でっかい声で
「若だんなのお帰り」
そういうたと。
家の中からおったまげて喜んだ親衆(おやしょ)が跳んででたと。
ほうしたら、一かさ立派に大きくなったツブがいるんだんが、喜んでしっかんかん(しっかり)と抱きついたと。
ほうしてツブの後ろを、見たとこてんが、
「つぁつぁ、かっか、おら嫁もらってきたぜ」
とツブがいうと、
「さあさ、内へ入って下され」
というたところが、ござ一枚ないでも、お嬢様は
「かまいません」
と絹小袖のまんま、はいらしたと。
ほうしたろも、このまんまじゃ、どうしようもないし、ツブと話して、
「この村へお前も知っている通り大昔から新宅というお城のような立派な家があき家であるども、人が住んだことがない化け物屋敷でもいいか」
そういうたら、ツブもお嬢様も
「ああ、あそこがいい。化け物屋敷であろうが、なんであろうが、いい」
とおっしゃったと。そうしるんだんが、早速話も決まって、
「じゃあ、まず大掃除だ」
と家中でいってみたら、何百年経ったやら知らん、家の中はごみにクモの巣でどうしようもなかったと。
それをツブがきれいに掃除をしたら、御殿のようになったと。
ほうしていんなが喜んで、きれいになった、でっかいへんなか(いろり)へどんどんと火を焚いて、その内に晩方になったと。
いくらえらい侍の人がはいっても逃げ出す化けもん屋敷らんだんが、親共は、もうがたがたと震えていたと。
そのうちに、夜中になると、奥の間の方からミシンミシンと音がしてきたと。
でもツブもお嬢様もいっそたまげさっしゃらんがっだと。
その中へ部屋が薄気味悪い青光りになってくると。
ほうしると、ツブとお嬢様が二人して、大声で
「いかなる魔物変化のものか、返答致せ」
とおっしゃると、奥の方から、声がして、
「魔物でも変化でもねえ。おれはこの家の仏間の縁の下のべとの下に埋められているカネガメらろも、シャバへ出て、世のため人のためになりたくて、頼みにでれば、みんなおっかながって逃げ出してしまうが、俺を掘り出してくれ」
そういうと、すーっと消えて元のただのへんなかの火がどんどんどんどん燃えていたと。
その内に白々と夜が明けたと。
じゃあこれからカネガメを掘るてがっで、力のあるツブがずとんずとんとべとを掘ったと。
ほうしると、かなり下の方からパーッと目もくらむような後光が差したと。
ほうしてカネガメがつらを出したんだんが、家中の衆が喜んで、お嬢様はべとだらけ(土だらけ)にならして、カネガメを持ち上げて座敷へぐゎらぐゎらと開けたら、金銀の山ができたと。
目がくらんでしもうてツブがどこへ行ったやらツブがいないと。
おっかが手探りでさがしたら、ツブが目の覚めるような立派な若様になられて、
「おっか、ここよ」
とお嬢様と並んで立っていられ、勘当されたお嬢様もツブならどこへでもついて行こうと思ったとおっしゃられた。
それからは、おひなさまのような二人で働いてつぁつぁとかっかを大事にして親孝行なされたと。
いきがすぽーんとさけた。
上岩田 大久保ヨネ
……もっと読んでみたい昔話