さとる|新潟県の人気昔話の解説
新潟県に伝わる代表的な昔話を取り上げ説明します。解説は長岡民話の会顧問、高橋実さんです。最初に昔話の解説、その後に元話を掲載します。
この話、筆者が頼りとする『日本昔話辞典』には、項目がなく、この越後に伝わる独特な民話なのかと思いあぐんでいたら、職場の同僚曽根めぐみさんが『日本の妖怪』(河出書房新社 一九九〇年刊)に載っていると教えてくれた。巻末の「妖怪名鑑」には、「覚」とあり、「岐阜県山中に現れる獣のような姿の妖怪。読心術のように人の心を見抜いて話かけてくる」と説明があり、『画図百鬼夜行』(鳥山石燕著)に載った絵まで紹介されていた。それにしても、このとぼけたような妖怪は、いったい何であろうか。その二に紹介した「さとる」は、娘であった。その一には、性の区別は書かれていない。江戸時代の『北越奇談』には、妙高山中の山小屋で火を焚いて暖をとっていると、赤い髪で、裸、背丈六尺(今の約一・八メートル)で、人とも獣ともわからぬ山男がやってきて、言葉は話せないが、人の話はよくわかったという話を紹介している。またその頃の『北越雪譜』にも、二編に「異獣」という項があり、十日町から堀之内へ抜ける山中でこのサルとも人ともつかぬ「異獣」にあったが、人に危害を加えるでもなく、しきりに焼飯を欲しがり、与えると荷物を背負って目的地近くまで運んでくれた話が載っている。ただ、これらの文献には、人の心を見抜くことは書かれていない。この文献と民話「さとる」は結びつくのだろうか。それにしても、不思議な話というほかない。
さとる
その一
あったてんがな。
爺さが、山の炭たき小屋に泊まっていたてんがな。
さぶい晩で、雪がボサボサと降ってきんだんが、なんねせ、かんじきをこしろうて、あさげ早く起きて、うちへ戻ろうとおもていた。
ほうして、ドンドン火たいて、かんじきをこしろう竹をまげようと、火にあぶっていた。
ほうしたれば、そこへ、山のさとるがきた。
さとるてや、人の思うことをそのとおりにさとる化物だと。
ほうして、さとるは火にあたりながら、「爺さ、爺さ、お前は、今、うちへいごうとおもうているな」と言うんだんが、爺さは、たまげて、「これが、さとるだな」と、おもたれば、さとるが、「爺さ、爺さ、お前は、今、これが、さとるだな、とおもうたな」と言うた。
爺さが、「きびのわるい、おかしな奴だな、どうしてくれようかな」と、おもたれば、さとるが、「爺さ、爺さ、お前は今、きびのわるい、おかしな奴だな、どうしてくれようかなとおもうたな」というた。
ほうして爺さが竹をまげるとて、つい手っぱずれ(1)したれば、竹が、ピチンとはねて、火をさとるにふっかけたと。
ほうしたれば、さとるがたまげて、「いよう、この爺さ、おもいもしないことをしたな」と言うて、山へ逃げていった。
いきがポーンとさけた。
【出典】『いきがポーンとさけた」未来社 一九五八年 鈴木スギさんの語りより
【注】1.手っぱずれ(手に持っているものを誤ってはなす。失敗)
その二
あったてんがない。
箕売りの爺さが、山へ山竹採りにいったてんがない。
ほうして、竹をここしただか(1)、採って、山の小屋に泊っていたてんがない。
爺さ、火をボンボン焚きながら、その竹を割っていたてんがない。
ほうしたら、どっからか、一人の娘が爺さの小屋にはいって来て、火にあたっているてんがない。
ほうしたどこてんが、爺さ、きびわるがって、「はあて、じょうや、この娘はばけもんだでや」そう思うていたてんが。
ほうしたら、その山の娘が、「爺さ、爺さ、お前が、今、何思うたか、おいら、あててみようかい。はあて、じょうや、この娘は化け物だでや、と思うたのし」そう言うたてんがない。
こんだ、爺さが、「はあて、これが、さとるという山のばけもんだでや」そう思うたれや、すぐまた、「はあて、これが、さとるという山のばけもんだでや、と思うたのし」と言うたてんが。
爺さが、「はあて、このさとる、どうしてくれよう」そう思うたれや、「はあて、このさとる、どうしてくれよう、と思うたのし」と言うがんだてや。
そんどき、爺さが、竹を割っていた拍子に、思いがけなく、割った竹がピーンとはねとんで、たき火の熾きをとばして、その娘の顔に、竹と火をぶっつけたてんがない。
ほうしたどこてんが「いや、あっちち、いや、いたたた、人間てや、自分の思わんことをするもんだない。こんげんどこにいれば、なにしられるかわからん」と、たまげて、さとるは、山んなかヘゴンゴンと逃げていったてんがない。
さとるてや、山んなかに住んでいて、人間が心の中に思うていることを、みんな、さとるという、きびのわるいばけもんだてや。
いちごさけ。
【出典】『栃尾昔ばなし集』栃尾市教育委員会 昭和三十八年 五十嵐ツヤさんの語りより
【注】1.こしただか(たくさん。主として栃尾・魚沼方言か。筆者にはなじみがない語)
※高橋実著『越後山襞の語りと方言』雑草出版から著者了承のもと転載しました。
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