ハチになった魂|新潟県の人気昔話の解説

新潟県に伝わる代表的な昔話を取り上げ説明します。解説は長岡民話の会顧問、高橋実さんです。最初に昔話の解説、その後に元話を掲載します。

解 説

 「夢買長者」または「夢の蜂」とよばれる話を二話紹介する。いずれも睡眠中に魂が他の動物に姿を借りて肉体を離れるという古い観念そのままを昔話に示した。水沢氏は「遊魂譚」と位置づけている。魂が姿を借りる動物はハエ、アブ、ハチ、アリといった昆虫である。

 魂が生体を離れて行動するという観念は、古くから日本の古典の中にも認められる。『源氏物語』でも生霊や死霊が物の怪となって人に取り付くシーンはよく知られている。臨終や死後に身内の者が屋根に上がって魂を呼び戻す「魂呼び」などの民俗事象を伝えているところがある。

 ここで、初めに二人の男がボイキリに行く場面がでてくるが、これなども、燃料がガスや電気に変って薪を使う時代がすぎて、もう半世紀になってしまった。かつては、雪解けを待って、真っ先に山に入り、このボイキリという薪燃料作りの作業があった。旧小国町ではボヨと呼んだ。

 さてこの話で重要な位置を占めているのが「夢」である。古くから夢は異界との交流回路であり、それを信じたことで、幸福を得たという昔話は「味噌買い橋」などにもよく知られている。味噌買い橋の上に立っているとよいことがあると教えられた善良な男が、何日もそこに立って見るが、何事も起こらない。その男を傍のトウフ屋の主人が見て、夢なんて信じるものでない、おれも山奥の木の下に金瓶が埋まっている夢を見たが、そんなものは信じないという。男はそのことを聞いて、山に戻って木の根元を掘ってみると金瓶が埋まっていて、それから幸せになったという話である。

 今でも「夢知らせ」という言葉があり、未知の事柄を夢で判断しようとすることがある。「正夢」などと言葉が残されており、それを信じようとする人がまだ存在している。「いい夢は人にかたるな」という諺にも、昔話が付随しており、下條登美さんの「生き針死に針」などの話がある。いい夢を男が人に聞かせないといって、追い出され、その夢を聞かせる代わりに「生き針死に針」を手にいれる。その針で死んだお姫様を生き返らせ、とうとうそれで幸福を掴むという話である。古人の夢に関する素朴な信仰がこれらの昔話の基盤になっている。

 

ハチになった魂

その一

あったてんがな。

あるどき、村の男しょが二人して、春の山ヘボイキリ(1)にいったてや。

ほうして働いているうちに、昼間になったんだんが、「おい、昼めしにしよう」というて、昼めしを食て、休んでいたてや。

ほうしると、ひとらの男は、そんま「おら、ねぶとうなった」というて、あおのけになって、グウグウ、ねぶったてや。

もう一人の男は、ねぶらんで、ねぶった男を見ていた。

ほうしると、ねぶった男の、鼻の穴から、ハチが一つ、モザモザと出てきて、ブーンと、どっかへたっていった。

見ていた男は、「おや、鼻からハチが出た」と、ふしぎに思うていたてや。

ちっとめえると、そのハチが、ブーンともどってきて、ねぶっていた男の、鼻の穴へ、モザモザとはいった。

ほうしると、男は目をさまして、「おう、夢だったか」というたてや。

「お前、どんげな夢を見たや」「京の町へ見物に行ってきた夢を見た」「そうか、おら、今、ねぶっていたお前の鼻からハチが出て、どっかへたってまたもどってきたのを見た。

ハチはお前のたませ(2)だ」「そうか、それが夢になっていたのか」と、夢を見た男は、ふしぎにおもっていたと。

いきがポーンとさけた。

【出典】長岡市史双書『あったてんがの』 平成六年 安藤マスさんの語りより
【注】1.ボイキリ(たきぎ切り。ボイはたきぎの細い枝の部分あるいは、細い雑木。榾。ボヤ、ボヨともいう) 2.たませ(魂)

その二

あったてんがな。

春になって、あにとおじが、山ヘボイきりにいったてや。

ほうして、昼めしを食てから、あったかい日なたで、ねころんで休んでいた。

ほうしると、そんま、あには眠ったし、おじは眠らんでいた。

眠ったあにの、鼻の穴から、ハエが一つ、モザモザと出てきた。

「おっ、ハエが、鼻から出てきたど」と、ふしぎに思うていた。

ちっとめえると、ハエが、パーツともどってきて、眠っているあにの、鼻の穴へはいったと。

ほうしると、あにが目をさまして、「おう、夢だったか、いい夢だった」「どんげな夢を見たや」「山の白い花のコブシの木の下に、かながめのうまっている夢だ、二人で掘ってみよう」と、あにがいうて、二人で白い花の咲いているコブシの木を掘ったれば、かめが出てきた。

かめのなかに、大判小判が、いっぺあった。

あにとおじは、しんしょがようなったと。

いきがボーンとさけた。

【出典】長岡市史双書「あったてんがの」 石黒栄子さんの語りより

※高橋実著『越後山襞の語りと方言』雑草出版から著者了承のもと転載しました。

 

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