大年の火|新潟県の人気昔話の解説

新潟県に伝わる代表的な昔話を取り上げ説明します。解説は長岡民話の会顧問、高橋実さんです。最初に昔話の解説、その後に元話を掲載します。

解 説

 大年は、大晦日から元日にかけての年が変わる境目の時間をさす。俳句でも「去年今年」という季語がある。今では、テレビの紅白を見たり、年越し蕎麦を食べたり、寺社に二年参りをして過ごすが、かつてこの日は、神々が家を訪れるという神聖な日であった。

 この日は囲炉裏に一晩中、火をたき続けて眠らず、新しい年を迎える。門松は、神が降りてくる依代(よりしろ)(神が乗り移ってくる形あるもの)だった。大歳の夜に貧しい家に乞食が訪ねて宿を請う。翌朝は、その乞食が黄金に変わっていたという「大歳の客」という話もある。貧しいみなりをしたその訪問者は、神の化身だった。

 ヒヤスメなどという言葉も今では死語になってしまった。ライターやガスコンロのスイッチをひねるだけで火を作る時代にとっては、火種なども死語になってしまった。「争いの火種を残す」などという語だけは残るが、原語の意味を理解できない人が増えている。

 その火を作る苦労は、今では想像できないほど困難を極めた。縄文時代には、人々は、乾いた木を擦って火を作った。それが火打石で火を作り、明治になってマッチが外国から入ってきた。紙のように薄く削った板の先に硫黄を塗った附木ももてはやされた。これだと火種に附木を近づけるだけで火をつくることができた。火を起こす事が困難を極めた時代に、一度起こした火を火種として絶やすことなく保ち続けることが主婦の大事な仕事だった。火種は、赤くおきた炭火を灰に埋めて保存した。この灰も湿って堅くなったものでは、空気が通わず、火が消えてしまう。空気のよく通る、乾いたふかふかした灰が必要だった。

 筆者の子供の頃、朝早く起きてコタツの灰に埋まっている小さな炭火に消し炭を足して、ふうふうと吹いて火を大きくした記憶が脳裏に残っている。火起こしの経験のない子供達がキャンプなどで、火を作る時、マッチの火をいきなり薪に近づけて薪を燃そうとする。まず、マッチの火を枯葉や紙くずに移して、小枝をくわえ、徐々に大きな火にしてゆくことを知らない。ヒヤスメも火棚もすっかり死語になって火の文化も消えてしまった。こうした長い火起こしの苦労がこの話の根底にある。

 この話でもう一つ白髪の老人から預かったのは、棺桶に入った死体で、それが翌日大判小判に変わっていたという点である。

 主人公の家に幸福をもたらすために、なぜ死体を黄金に変えるとう不気味なモチーフを使わねばならないのだろう。事典によれば。屍骸黄金化譚は、『今昔物語』にもでてきて、世界的分布を持つ話という。大歳の物忌みに死を語るのは、死を穢れとしない古代の死者崇拝が考えられるという。いかに科学が発達しても一度死んだものを蘇らせる術を人間は手にすることはできない。ところが、民話の中には、「生き針・死に針」のように死者を針一本で生還させる話もある。死体は、人々に胆力を試す手段として使われているのではないであろうか。

 

大年の火

とんと昔があったげど。

ヒヤスメ(1)の下手な家があって、気立てのいい嫁が来た。

年取りの晩に婆さが嫁に言うたと。

「こんにゃの大事な大火(2)が消えれば、お前はおらどこにいてもらわんないすけ、そう思うてくれ」嫁は寝てからも、気が気でなく、起きてはヒヤスメの火を見い見いしていたどもに、やっぱし火が消えてしもうた。

「さあ、火が消えておおごとだねか。火種をどっかからもろてこよう」と外へ川たれば、誰か提灯をテカンテカンとつけてくるもんがあった。

見れば、年寄りの白髪の爺さででっこい風呂敷をぶていた。

「火種を一つくんなれも」というと、「火種はやるが、おらの荷物を、ちょっと置かしてくんなれも。」というたと。

「アイアイ、なじょうも。ごうぎ重いが荷物は何だいの」と聞くと爺さは、「死人だ」というたと。

嫁は死人と聞いてたまげたが、仕方がね、その荷物をあずかって、家へ持って来た。

もろうた火種のおかげで火はついたどもに、あずかった死人が気になって、どうしょうもね。

「もう死人をとりにくるか、とりにくるか」と、いくら待っても、いいて来ない。

ほうして嫁は、もう鶏も鳴いて夜が明けはねたし・死人をニヤ(3)のすみでも隠そうと、その荷物を持ちあげたれば、我っぱずれして落してしもた。

ほうしたれば、ザクッ、ザクッ、ザクッと金のような音がしたんだんが、よく見たれば大判小判であったと。

大火に気をつかった嫁に、福がさずいたがんだと。

これで、いちごさかえ申した。

【出典】『とんと昔があったげど 第二集』 未来社刊 昭和三十三年 小松倉 増田滝太郎さんの語りより
【注】1.ヒヤスメ(囲炉裏の火を灰に埋めて火種を作る) 2.大火(おおび、年取りの晩に焚く火) 3.ニヤ(家の中の仕事場) 4.手っぱずれ(手に持っていたものをあやまって)

※高橋実著『越後山襞の語りと方言』雑草出版から著者了承のもと転載しました。

 

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