笠地蔵|新潟県の人気昔話の解説
新潟県に伝わる代表的な昔話を取り上げ説明します。解説は長岡民話の会顧問、高橋実さんです。最初に昔話の解説、その後に元話を掲載します。
小学校の国語教科書にも載っていてよく知られた民話である。貧しく、善良な老夫婦が自分の幸福を節約しても、困っている人(この場合は地蔵様)を助けることによってより多くの幸運が授けられる話である。夫のした行為を全面的に信頼する妻、これは夫婦愛の話でもある。大晦日の夜の来訪者が、幸福を授ける話は、これだけでなく、村を訪れた乞食に宿を貸した貧しい老夫婦が乞食の授けた金銭で幸運をつかむ「大歳の客」などの民話がある。新たに歳を迎える大歳の夜に家を訪問するのは、神の化身とされている。この話の背景には、正月に家に迎える歳神信仰があると思われる。日本の周辺諸民族の古典文献にもこの類話や見出されておらず、日本民族独自の伝承であると言われている。
「笠地蔵」と名づけられているように笠を売りに行く途中地蔵様に笠を被せてやるという話が一般的である。話の舞台からして越後のような雪国で作られた話であろう。自分の作った笠を売りに行く途中、峠の地蔵様に被せて帰ってくる型と町に売りに行くが、笠が売れずに帰りに地蔵様に被せるという型とに分かれる。
ここに紹介した話は、笠ではなく、縮切れを地蔵様に被せる話になっている。「縮切れ」とは、越後縮で有名な麻織物である。旧小国町は、小千谷縮文化圏に入っており、小千谷の縮商人が峠を越えて、縮の原料を持ってきて、家庭で糸に加工する「苧績み」作業が盛んであった。笠地蔵の笠が縮に変わっている。長岡の下條登美さんが語る「笠地蔵」は町に薪売りに行った爺様が村はずれに寒そうにしている地蔵様をみて、薪売った銭で笠を購入して被せてやる話になっている。十日町市の民話を集めた「雪国の民話」は、爺様が縮売りに行き、その金で笠を買って地蔵様に被せた話になっている。
笠地蔵(ストーリー概要)
とんと昔があったげろ。
爺さまと婆さまは、正月が来たろも、銭がなくて、じよう柵の中に縮切れがちいとばかりあったと。
婆さまが、「爺さま、爺さま、正月が来るてがんに、銭がなくてなんも買わんねが、ここへ縮切れでもちいとばかあるが、これを小千谷へれも持っていって、売ってお茶でも飲もうねかい」というんだんが、爺さまも「それがいい、それがいい」と小千谷まで売りへ行ぐことになったと。
爺さまがそれを持って峠まで行ぐと、道端へ六地蔵様が、かねっこる(1)さげて寒げにしていたと。
爺さまは、あんま寒げだんだんが、「地藏様、寒いろげな。あったかい着物でもあればいいろも、何にもなくて申し訳ねえ。これでもかぶってくらさい」と持っていた縮切れで、ほおっかぶりさして家へ戻ってきたと。
家じゃあばあ様がじい様の買うてくる物待っていたろも、じい様が何にも持って来ねんだんが、「じい様、小千谷へいってなんにもなかったかい」と聞いたと。
ほうしるんだんが、じい様は、ばあ様に「ばあ様、ばあ様勘弁してくれや。小千谷へ行こうとして、峠まで行ったら六地蔵様が、かねっこるさげてあんま寒げだんだんが、縮切れかぶして小千谷へ行がんでしもうと」というたと、婆さまも喜んで「いいこっつお、今年の正月は、二人してなんでもしねえで早く寝ようぜ」というてごっつおもしねえで、水ばっかのんで寝ていたと。
その夜さる、二人して寝ていると、こうぎな吹雪の中を、「チーン、ジャラジャラチーン、ジャラジャラ」と葬礼(葬式)の音がしるんだんが、「ほっげの夜さる、どこの衆が葬礼出しやるがだろか」といって、おっかねんだんが、部屋の隅へすくらまって(2)いたと。
ほうしたらその葬礼が爺さまと婆さまの家の中へはいってくるがだと。
「じい様の家はどこだいな」「ばあ様の家はどこだいな」というて、葬礼の列がじい様とばあ様の家の前でぴたっと止まったと。
ほうして、家の中へどやどやと入ってくるがだと。
戸の隙間からのぞいてみると、それは昼間峠で縮切れをかぶせた六地蔵だったと。
じい様もばあ様もたまげて声も出なかったと。
地蔵様は持ってきた重たい荷物をへんなか(3)へどすんと置いて、がやがやと外へ出ていったと。
じい様もばあ様もおっかねんだんが、部屋から出ようとしねえで、ぶるぶる震えていたったと。
ほうしるうちに、朝げになったんだんが、隣の部屋へ出てみると、へんなかの真ん中に桶が置いてあったと。
「こらぁきっと中に化け物がはいっているがだ」と思うて、おっかなびっくりそのふたをあけてみたとこてんが、中には大判小判がぎっしり入っていたと。
ばけもんだと思うたら、銭だったんだんが二人はたまげたと。
ほうしてその銭でいい正月したと。
これでいきがすぽーんと切れた。
【出典】『榎峠のおおかみ退治―越後小国昔話集』小国芸術村友の会編 平成十二年刊 より要約
【注】1.かねっこる(つらら) 2.すくらまる(うずくまる) 3.へんなか(いろり)
※高橋実著『越後山襞の語りと方言』雑草出版から著者了承のもと転載しました。
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