新潟県見附市の富川蝶子さんの昔話。その端正な語り口調を知ると、文字が生き生きと語り始めます。ぜひ一度CDでむかしばなしをお聴きください。
三枚の札
あったてんがの。
むかしあるどこに小(ち)んこい山寺があって和尚さんと小僧さんが住んでいたっての。
そうしてある日、和尚さんが
「こぞう、こぞう、今日は、んな山へ花とりに行ってこいや。本尊様に上げる花も地蔵様へ上げる花もんーなとってきてくれいや。」
と、言われるんだんが、小僧さは、
「ハーイ。そうせば行ってくるいの。」
と、言うて出かけようとしたら和尚さんが、言わいたっての。
「こぞうや、山はあぶねすけこの札を持って行げや。困ったどき、たのみごとすると助けてくいる札だすけんな。」
そうして三枚の札をあっけらしたってんがの。
小僧はその札ふところに入れてずんずん山へ登って行ったっての。
あんまりいい花もないんだんが、あっちこっち探しさがししているうちに日が暮れて道に迷うてしもうたってんがの。小僧は
「さあて困ったな。へぇ日が暮れてしもうて道もわからんなった。」
なんて言うてあっち見こっち見していたら、そんもそこにチカンチカンと灯しが見えるっての。
「あっ。あそこに灯しが見える。あそこへ行って道を聞いてみようや。」
と、思って急いで行って
「こんばんは、こんばんは、道に迷うてふもとの寺へ帰らんねが道を教せてくんなさい。」
と、言うたと。そうしたら中から
「誰だ。」
と、言うて出てきたばさは頭の毛はバサバサモジャモジャで角が一本生えていて口は耳のどこまでさけている鬼ばばだってんがの。そうしておっかねげの声で
「こんげ暗うなって子供が何でふもとまで帰られようばや。今夜はここへ泊れ。」
と、言うってんがの。
小僧はおっかねておっかねて小んこなっていたっての。
鬼ばばがでっこい鍋をかけてなんだかグッツラグッツラと煮ていたっけが、ふたを取って子供の手みとうのを引っぱり上げてぐちゃぐちゃとかみはねて
「こぞう、んなも食うか。」
と、つん出したってんがの。小僧は気持が悪うなって
「いいや、おらいらねいぇの。」
と、言うてブルブルふるえていたっての。
鬼ばばはそれを食てしもうてごろんとそこへ寝たっけが
「こぞう、こぞう、んなもそこへねれ。」
と、言うすけ小僧もふるえながらそこへ寝たってね。
ちっとばかめいたら鬼ばばがザランザランした手で
「小ぞうこぞう、ねったかや。」
と、言うて小僧の顔をさかさまになでるってんがの。さあて小僧は
「おれがねたら食ってしもうと思っているがだな。」と思ってなんとかして逃げ出さんばねと
「ばあば、ばあば、あらしょんべんがでるすけ便所へやってくらっしゃい。」
と、言うたと。そうしたら鬼ばばが
「しょんべんなんて、おれの手の中へしれ。」
と、言うってがの。
「もったいない。なにばあばの手の中へなんかしられようば。アッパも出るか知んねしの。」
と、言うたら、鬼ばばが小僧の腰に長い縄をいつけて、てまえがはじっこを持って
「そら、行って来い。」
と、言うて便所へやったっての。
小僧は和尚様からもろた札のことを思い出して便所の柱に一枚、腰の縄でしばりつけて
「便所の神様、どうかおれを助けてくんなさい。」
と、願うて一目散にふもとめがけて走り出したってんがの。
鬼ばばは小僧がいっこう戻ってこねんだが縄をキツンと引っぱって
「こぞうこぞうまだだか。」と、言うたら
「まぁだも出るがビッチャビッチャ。」
と、便所の神様が言うてくいるってんがの。
何度も何度もそうしているうち鬼ばば、ごおやいて便所へ行ってみたら小僧はいないで柱に縄がいつけてあるっての。
「やろう、こぞうめ、逃げやがったな。」
と、言うて鬼ばばも、もざきたっておっかけたっての。
「こぞう待て、待て。」
と、どなって走って行ったと。小僧はその声が聞こえたんだんが、またもう一枚の札をぐうんと後ろへ投げて「大川になぁれ。」と言うたら
そんも、そこらが割れて水がゴンゴン流れてきて大川になったっての。
鬼ばばは、その川の中へ入ってアップアップしながらこざいて、また
「こぞう待て待て。」
と追っかけてくる。さあ大変だ。もいちっとでつづかれそうだ。小僧は残っていたもう一枚の札をうしろへぐうんと投げて
「大火事になぁれ。」
と、言うたと。そうしたらそこらの山の木がボーンボーンと燃えはねたっての。
そのうちにやっとお寺に着いたってが戸が開かね
「和尚さま、おしょうさま、鬼ばばに追っかけらいてやっと逃げて来たいの。はよ戸をあけてくんなさい。」
と言うたら、おしょうさまは
「ま待っていれ、今、ふんどしかいて。」
と、言わっしゃる。小僧は気が気でない。
「ふんどしなんかどうでもいっすけ、はよ戸を開けてくんなさいの。」
「まあ待ってろ、いま本尊様まいって。」
「和尚様、本尊様なんかあとまわしにしてくんなさい。鬼ばばがへぇそんもそこまで来たいの。」
と、戸を叩いたらやっとあけてくんなして地蔵様が並んでいるところへ
「ここへ座れ。」
と、言わっしゃっての。
そうしてこぞうさの顔へ墨をぬったくってくんなしたと。
丁度そこへ鬼ばばが火の中をくぐって来たんだんが頭の毛も着物も燃えてしもうて丸坊主になってとんで来たっけが、
「和尚、和尚、今こゝへ小僧が来たろうが。」
と、言ったと。和尚さんは
「いいや、おら知らん。」
「いや、来た筈だ。おれが頭から塩つけて食うつもりのがんだ。さっさとつれて来い。」
「いいや、小僧なんていないど。うそだと思うたら、んなが探せ。」
そう言われるってがの。鬼ばばは中へ入ってそこら中探すどもめっけらんねで台所へ行ったっての。
そうしたら井戸があるすけ中をのぞいて見たら、丸坊主のてまえが写っているってんがの。
「やろう、小僧め、こんげ中へ隠れていやがったか、ようしおれが食ってしもうど。」
と、言うて井戸の中へジャッポンととびこんでしもうたってんがの。
これでいちごポーンとさけた。
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