新潟県見附市の富川蝶子さんの昔話。その端正な語り口調を知ると、文字が生き生きと語り始めます。ぜひ一度CDでむかしばなしをお聴きください。
和尚さんと小僧
あったてんがの。
昔あるどこに小んこい山寺があったっての。
そのお寺に和尚さんと小僧が住んでいたっての。
その和尚さんては、ちっとばか面白い人での、まあ山ん中のお寺のこんだすけ、なんもおもしいこともないで、いつも小僧のことをかもうたり、うそついてたらかしたりしては喜んでいらしたってんがの。
小僧は小僧でいつか和尚さんに恥をかかせてくんねばんと思うていたっての。
ある日のこと、小僧が朝飯前に玄関の掃除をしていたっての。そこへ檀家の人がこらいて
「小僧さ、小僧さへェ朝飯は終(お)いたかの。」
「いゝの。まだこれからだいの。」
「そうか、そらあ丁度いいかった。これ、たんだひとつだども和尚さんと分けて食てくれいや。」
そういうて何か置いていがしたってんがの。こぞうが
「何だろ。」と、かけてあった紙を取ってみたらば、ばっかうまげな匂(に)のする何かの煮付だってんがの。
そいだども小僧は今までに見たこともない物だっての。
そいで小僧は「これははて一体何って物だろ。」と思うて台所へとんで行って
「和尚さん、和尚さん、今檀家の人がこらいて、これ二人で分けて食てくれというてくれて行がいたが、こらあ一体何っていうもんだいの。」
と、聞いたってんがの。
和尚さんが小僧さんが持ってるもんをひょいと見たら魚の煮付だってんがの。
お寺っては精進料理ばっかで魚なんて食わんねもんだというて、小僧はまだ魚なんて食ったこともねいし見たこともねいがだってんがの。
そいで和尚さんはまたいつものくせで「これは一つ俺がみんな食ってしもうや。」と思って丁度そんどき、かみそりたがいてひげをすっていらしたっけが、
「小僧や、それはない、かんすりというもんであぶのて子供がいじったり食ったりしらんねもんだがない。」
と、きかせらしたと。小僧さんは、「さあて、檀家の人は確かに二人で分けて食てくれと言われたがだったが、こらあちっとおかしだな。」と思ったども、まあ黙って戸棚へ片付けておいたっての。そうしたら、和尚さんが
「小僧や、俺はまだあんまり腹がへっていないすけ、んな先にまんま食てくれや。」
と、言われるてんがの。小僧は、
「そーら、和尚さんはおれに先にまんま食わして手前はあとから、あのかんすりの煮付を一人で食うつもりだな。」
と思ったども、かんすりなんか食ったこともないし、うまいもんだやら、うもうないもんだやらもわからんすけ、小僧差は先にまんま食てしもうたってんがの。
そうしてあとから戸棚のぞいたらやっぱり煮付がないかったての。
「和尚さん、あのかんすりの煮付はうまかったかの。」
と、小僧さんが聞くんだんが和尚さんは目を白黒させて
「いいや、骨ばっかで食うどこなんてねぃかったいや。」
と、とぼけていらしたってんがの。
それからちっとめいたら、こんだ隣の村の檀家の人が来て
「あさっておらとこで法事をするが、和尚さん小僧さつれてお経よみに来てくんなさい。」
そういう使いをして帰られたっての。
小僧は法事によばいて行くなんか初めてのこんだすけ喜んでいたってんがの。
その日は早々と支度して出かけたってんがの。
隣村へ行ぐには川があって渡し舟があるがんだっての。
小僧は珍しいんだんが舟のふちへしっかんかとつかまって川の中ばっか見ていたってんがの。
「オーイ、舟が出るどう!」
舟頭が大声で鳴って出ていったっての。舟の客は
「今日はいい天気でいゝあんばいだの。和尚さん今日は何処までだの。」
なんかしゃべくっていたっての。
川の中では魚がいっぺこと泳いでいるのがみえたっての。それを見てた小僧はでっこい声出して
「あいやぁ、和尚さま和尚さま、この川ん中へかんすりがいっぺこといるの。」
と、言うってんがの。
舟に乗ってる人が、みんな和尚さんの顔を見るんだんが和尚させつながって
「小僧や、んな何ばか言うているいや、それはない魚ってもんだど。」
と、言わしたっての。そうしたら小僧がなおさらでっこい声で
「そいだっても和尚さん、こないさこれとおんなじ物を檀家の人が煮付て持ってきてくいらいたどき、おれが何てもんだと聞いたらかんすりってもんで子供は食わんねもんだと教せらしたねかの。」
と、言うってんがの。
そうしたら舟の人がおかしがってニヤニヤと笑いながら和尚さんの顔見るんだんが、のうかとしょうしがって
「小僧や、大人になると、うそも方便というてない、たまにやうそも言わんばんもんだど。だあどもない、聞いたら聞き流し見たら見のがしってころもあるすけ聞いたっても、ちっとおかしだなと思うたら聞き流しにしてそんどきぎりで忘れてしもうもんだど。」
と、言わしたっての。小僧はこれもちっとおかしだと思うたども
「はぁい。そうせばこんだからそうしるいの。」
と返事していたってんがの。
そのうち舟があっちぺたへ、とつんと着いたんだんが、みんながぞろぞろと上って歩(あ)いびはねたっての。
和尚さんと小僧さんもテクテクと歩いんで法事のある檀家の家に着いたと。そうしたら家の人が出迎えて
「さあさあ、よう来てくんなした。まっていたどこだが早速一ぷくしてお経よんでくんなさい。」
と、言わいるんだんが、
「まあ、一ぷくなんて後まわしだ。お経をよましてもろうかの。」
と、言って仏様の前でお経よもうとしたらたしかに出るどき手にかけて持ってたはずの珠数(じゅず)がないってんがの
「小僧、んな珠数知らんかったかや。」
「あゝ、そういえば和尚さま、さっきな舟から上ったどき、そんもそこへ落っていたっけでの。」
「そうか、んな拾うてきたか。」
「いえの、和尚さま舟ん中で聞いたら聞き流し見たら見のがし、そんどきぎりで忘れてしもいと教せらしたすけ、おら、見たことは見たども見のがしにして拾うなんかしんかったいの。」
「ばか。んなばっかしゃ、あきれかえったばかだない。人が何か落したのを見たら拾うてくるもんだど。」
和尚さはそう言わしたっての。小僧さはの
「はぁい。そうせばこんだからそうしるいの。だあどもおら朝げ出るどき、もしか和尚さまが珠数を忘れたってやら落したってやらと言わっしゃると悪いんだんがかわりの珠数を出した」ってんがの。
「そうか、そうか、よしたよした。大でき大でき。」
と言うて和尚さんが珠数をとって見たれば、確かに自分が家を出るどき手にかけてきた珠数であるし、よう見たらべとがついているってんがの。
「さあて小僧のやつめ、おれが落した珠数を拾うてきててまえが用意したなんて言うているがだな。」
と思うたども、まあ黙って無事に法事のお経を詠んでごっつおになって帰るどきになったら檀家の人が、
「和尚さま、今日はありがたかったでの。帰りは船でのうてちっと遠まわりだども橋を渡って帰ってくんなさい。おらとこの若い衆に馬で送らしてもらういの。」
と、言われるってんがの。
和尚さは喜んで馬に乗ってパッカパッカパッカパッカと、小僧さんはその後から和尚さんの笠を持ってテクテクと歩いて行ったっての。
そうして馬がお寺の大門のどこまで来たら何だか知らんども、うまげなおまんじゅうみないのをバラバラと落しはねたってんがの。
さあ、それを見ていた小僧はたまげて
「さあ、大変だ。馬が何か落して行ぐ。こらあ拾うて行ってくんねばなるまい。」
と、とっさに持っていた和尚さんの笠をくるんとひっくり返して馬がバラバラ落すあとからあとから受けとめて拾うて行ったっての。
そうして檀家の若い衆が帰るどき「小僧それはおらとこの馬のがんだすけ、おれにおくせ。」なんて言われたら大ごとだと思うて、てまえの袖でかくしてあっちぺた向いていたってんがの。
馬が、パッカパッカ帰って行ったてんがに小僧がいっこう戸をあけねいんだんが、和尚さんが
「小僧、んな何ぐずぐずしているや。はよ戸をあけれ。」
と、言うてひょこんと小僧の方を見たらまあホヤンホヤンと息の立っている馬のくそを笠の中へ山もっこにして、たがいているってんがの。
へぇ和尚さんはたまげてしもうて
「小僧、小僧、んな何たがいているだんだいや。その馬んくそはどうしるがんだ。」
と、言うたとの。小僧はニッコニッコして
「はい、和尚さま。人が何か落したら拾うてくるもんだと教えらしたすけ、おら馬がこれ落して行ぐんだんがちゃんと拾うてきたがんだいの。」
そう言うて山もっこの馬のくそをつん出したってんがの。
これでいちごポーンとさげた。
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